2024年のおすすめ本

2024年に読んだ本の中で、特に良かったものを紹介します。紹介順は適当です。

 

現代哲学、特に現代現象学で扱われるトピックをハイデガーの観点から論じようと試みた一冊。著者が『ワードマップ現代現象学』を意識したと述べている通り、経験から出発し、経験にとどまるというスタンスが貫かれているだけでなく、初期分析哲学ハイデガーの関係をめぐる歴史的経緯についても多くのページが割かれているのが印象的である。「ハイデガー分析哲学」というテーマに関心のある人におすすめ。

 

  • 青田麻未(2024)『「ふつうの暮らし」を美学する』(光文社)

「椅子」や「掃除」、「料理」や「地元」といった日々の生活に関わるキーワードを手がかりに、日常美学という研究分野に入門できる一冊。本書には著者自身の生活が垣間見えるユニークな叙述が含まれており、読み進めながら自分の生活を振り返る多くの機会を与えられた。本書を読めば、周りのさまざまなモノや出来事が「美」の観点から浮かび上がってくること請け合いだ。

  • 千葉雅也(2024)『センスの哲学』(文藝春秋

芸術の鑑識眼としての「センス」のあり方について、哲学(特に現代思想)の観点から論じた一冊。餃子を味わう体験とラウシェンバーグの前衛絵画を鑑賞する経験を等価なものとして論じる視点は、日常の中にこそ哲学がある著者のスタンスが存分に活かされている。センスとアンチセンス、そしてその先の真のセンスをめぐる刺激的な論の運びをぜひ皆さんも体験してほしい。

 

  • 三宅香帆(2024)『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社

話題の新書。タイトルの問いかけに答えを求めようとする読者は面食らうかもしれないが、労働と読書をめぐる日本近代史を学ぶ本として読めば、非常に得るところの多い作品である。「ノイズをもたらすものとしての読書」という著者のメッセージは、コスパ・タイパを求める人にとって一種の救いとなるかもしれない。普段から本を読む人にこそ手に取ってほしい一冊。

 

『言葉の展望台』、『言葉の風景、哲学のレンズ』に続く哲学エッセイ三部作の完結編。著者が送る日常生活から、解釈的不正義や一人称権威といった哲学のトピックが取り上げられ論じられる様は、著者自身の「言葉の道具箱」の中を覗いているかのようである。「言葉の展望台」シリーズとしてはこれで完結とのことだが、続編にも期待したいところ。

 

  • 渡邉雅子(2024)『論理的思考とは何か』(岩波書店

抜群に面白かった一冊。著者は「論理の文化的側面」に着目した上で、日本・アメリカ・イラン・フランスにおける「作文の型」と「論文の型」の違いを具体的に紹介しながら、論理的思考がそれぞれの文化の価値観と結びついていることを説得的に論じている。『「論理的思考」の文化的基盤』もぜひ読んでみたいと思わせるほど、本書から受けた衝撃は計り知れないものがあった。「○○は論理的」「××は非論理的」という言い回しにモヤモヤを感じている人におすすめ。

 

  • 古田徹也(2024)『言葉なんていらない?』(創元社

中高生向けに書かれた一冊。言語やコミュニケーションの多様な側面が平易な文章で論じられており、メディアの報道やSNSでのやり取りに疲れたり傷ついたりした経験がある人にとっては、頷ける箇所が多い内容となっている。『いつもの言葉を哲学する』と同様のスタンスを保ちつつ、多様なテーマを捌いていく手腕は見事。中高生には少々骨の折れる内容かもしれないが、コミュニケーションに悩みを抱える人におすすめ。

 

待望の邦訳。ネーゲルの初の単著であり、利他主義を「客観的理由のシステムを受け入れることに基づく動機付け」という考え方によって擁護しようとする試みが展開されている。決して読みやすい本ではないが、行為の哲学や理由の哲学などの分野に対して多くの影響を与えた重要な著作である。ネーゲルのカント主義に興味がある人にもおすすめの一冊。

 

沖縄の建築について調べるために読んだ一冊。『おもろそうし』などの琉球歌謡に基づいた、琉球文化のルーツに関する研究で知られる著者が、太平洋文化圏の中に沖縄を位置づけようと試みている。沖縄の建築には「ちゅら美」としか言いようがない美的性質が見出せるという著者の指摘は興味深く、その内実の解明が待たれるところである。1986年に公刊された新書だが、現在でも読むに値する基本書の一つだろう。

 

読書会で検討した一冊。マンガ研究者でありマンガ家でもある著者が、マンガで「マンガの描き方」を解説するというユニークな手法を用いている。マンガの表現技法やストーリーテリングに関心のある人は読んで損はない。海外のコミックスだけでなく日本のマンガも取り上げられているが、両者の異同を意識しながら読む必要があるかもしれない。マンガ家志望の読者には練習問題や巻末資料が大いに役立つだろう。